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結婚式の由来

こんなことを言うと驚くかもしれませんが、ヨーロッパでは、15世紀まで結婚式は「女性の売買儀式」であり、結婚は子孫を残し、血統や家の永続、将来の労働力の確保などを目的としてきました。娘は長らく父親の所有物であり、親同士が決めた婚姻契約によって手塩にかけて育てた娘の所有・支配権は譲渡され、男性側は娘をゆずり受けるにふさわしい贈り物を女性側の親に貢いでいました。教会の結婚式で父親に手を引かれて途中で花婿に引き渡すのは、いわば、女性の「売り渡しの儀式」のクライマックス。現在、日本では、バージンロードと呼ばれる赤い絨毯の上を歩きますが、元来は娘の処女性を象徴した白い布の上を歩いていました。女性の処女性はきわめて重要だったのです。女性売買の認識は日本も例外ではなく、結婚するときに女性に使う「嫁にやる」、「嫁にもらう」、「嫁入りする」という表現は、女性の地位が低かった時代のなごりといえるでしょう。結婚式とは子孫を残す結びつきを持つことこそが重要で、その証拠に、当時の冠婚葬祭のマナーの規範であった小笠原流の婚姻の儀式には、結婚初夜の儀式まで含まれていたほど。花嫁花婿が村や共同体(地域)に認知されるための共通の儀式であり、結婚式も男性側の家で行われる「自宅結婚式」が主流。結婚を家同士の結びつきと考えていたのは武家や公家、財産を持つ豪族や豪農などのみでした。このように、日本では元来、結婚式は神の前で結婚を誓う儀式や宗教的な要素はいっさい含まれていないものでした。明治30年代に戸籍法や明治民法が公布され、各自が「家」に所属するという決まりになってから、結婚式のスタイルが大きく変化します。日本の伝統的な結婚式のスタイルである神前結婚式の起源は、明治33年、当時皇太子だった大正天皇と九条節子さんの婚礼です。翌明治34年には日比谷大神宮(現在の東京大神宮)で模擬神前結婚式(一般向けのデモンストレーション)も行われています。従来の自宅結婚式に比べ1時間ほどで終わる簡便性が好評で、上流階級の「挙式後に料理屋で祝宴」というスタイルの流行も手伝って、神社や式場で行う結婚式が庶民へと普及していったのです。