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たかが服、されど服

たかが服、されど服……人生をやっていく上で、人は何度となくそういう心境になるはずだ。「たかがオシャレ」と甘く見ていると、人は着る服に手ひどく裏切られたりするし、オシャレなんて取るに足らないもの、とないがしろにすると、いきなり服に人生を狂わされたりする、そういうものなんじゃないだろうか。そこでいちいち、「されども服ってやっぱり重要」と、そう思い知らされる。言い換えれば、「たかが服」とオシャレを軽んじたからこそ、逆にオシャレの重みがわかっていくということではないのか。おそらくは、オシャレのことで頭がいっぱいの時ほど、じつは服の意味が見えていないものなのだ。若い頃は存分に、それこそオシャレのことばっかりで、「たかがオシャレ」なんて到底思えない。いや、まだ若いうちはそう思うべきじゃないのかもしれない。しかしキャリアを積んでも、依然としてオシャレのことで頭がいっぱいだったら、やっぱり辛い。それもまたどこかで、人生に支障をきたすはずなのだ。つまりオシャレに夢中な時は見えないもの、たかがオシャレと思えてはじめて見えてくるものがあるって、まずは知ってほしい。