住んでいたあの頃もこうしてよく歩いたことを、懐かしく思い出す。日本から来たばかりの頃、ミラノのウィンドウは夢の王国だった。憧れていたイタリアの服たちが、手を伸ばせばすぐ届くところにある。なんだか信じられないような気持ちがした。私がミラノに渡った一九八八年は、日本でイタリアブームが始まりつつあった年である。私たち雑誌編集者の間で早くも大騒ぎで話題になっていたイタリア・ブランドが、この地ではごく自然なものとして、普通の顔をしてそこにあった。そのことがかえって私を興奮させた。ミラノヘ来て初めて服を買った時のことを今でもよく覚えている。それはデュリーニ通りにあるブティックだった。ある日散歩の途中にウィンドウの前を通りかかると、そこには一体の服がディスプレイされていた。それを見たとたん「好き」と直感的に感じた。それは襟なしの短い丈のジャケットとキュロットスカートだった。ジャケットは起毛したウールで、黒と濃い茶で複雑なジャカードのような織りになっている。キュロットスカートは薄手のウールに紫がかった茶一色で、凝ったペーズリー模様がプリントされていた。